Okinawan Dream ~新潟沖縄移住日記~

沖縄移住と結婚を決意したふたり。 そんな私たちの地元新潟を遠く離れた沖縄での暮らしを更新します。 将来沖縄料理屋openを目指す男と、 沖縄で新たなライフスタイル確立を模索する女。 日替わりで、それぞれの異なる視点から『沖縄』を描く。

今日の新潟は、久しぶりの雪。
写真の青空とは、正反対でした。

この写真は、石垣島の野底マーペーからの景色です。簡単に登れちゃうのに、この景色!!!
ものすごくおすすめです!!!

それでは、前回の続きを・・・
前回の記事は、こちら。
http://okinawan-dream.blog.jp/archives/1020984294.html



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そんなわけで、八重山諸島ひとり旅に出発。当時、確か26歳だったと思います。 
最初の2週間は、宮古島のゲストハウスに泊まり、ひたすら観光して、遊んでました。

その後、石垣島のゲストハウスでヘルパーとして住み込みで働きながら、休みの日に離島を廻ると、いう生活。

(この旅の事は、離島情報も加えながら、また後日書きたいとおもいます。)

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この3ヵ月は、本当に自然に触れながらの生活でした。水平線から昇る朝日やそこに沈む夕日を見たり。
砂浜に寝転んで、満天の星空を眺めたりと、誰もが憧れる生活でした。

人との出会いも沢山ありました。日本各地から、様々な思いをもって集まった人達と過ごす時間は、とても面白く、この先もずっとずっと続いていく大切な友達もできました。

私は、まずは3ヵ月と初めから期限を決めていたのですが、旅を続ける人。
そのまま移住生活を始める人。
結婚し、そこで新しい生活を始める人。
いろんな選択肢が広がっていて、私もまたすぐに沖縄に戻ってこよう!!と思う反面、とても不安になったことを覚えています。

それは、沖縄で暮らす大変さも目の当たりにしたからです。

離島ということもあって、希望の職種につけなかったり、生活ギリギリのお給料しかもらえず
「もう帰りたい……」と、言いながら生活してる人も沢山みました。

そこで、怖気ずいた私は、一度京都に戻り、いろんな事を立て直したいような気持ちになり、新潟の実家に帰ってきました。

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ひとり旅のくだりが長くなってしまいましたが……
新潟に戻り、夢のひとつだった保育士資格を取得し、保育園で働き始めます。

そんな中、沖縄の楽器、「三線」のサークルに入りたかしと出会い4年間の友達期間を経て、お付き合いスタート。
それと同時に、移住、結婚も決めました(笑)

付き合う=結婚=移住に便乗

って、感じです。

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こんな感じで、今の私の人生になっています。

で、なんでブログを始めたのか。
なんで、付き合う=結婚=移住に便乗が決まったのか。

その辺は、次回からゆっくりと書いていきたいと思います!

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ちなみに、今後の予定ですが。

私達、まだ移住してません(笑)
新潟県民です。

たかしは、3月15日に引越し。
私は、仕事があるので4月に入ってから引っ越します。

そして、お互い仕事も決まっていないし、住むところも決まっていません。

もっときっちり計画を練って、準備をしてから実行する!!そんな、移住情報を知りたくて、ブログを読んで下さっている方がいたら、申し訳ありません(;・∀・)

私達、こんな感じです(。>ㅅ<。)

ただ、成功するか失敗するかは、自分の思い込みと覚悟で決まる!と、いう事を私もやっと実感し始めているので。
不安もありますが、楽しみです♪

ありがとうございました。

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こんにちは、たかしです^_^

今日の新潟は強風吹きすさび、大荒れの天気です。
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沖縄出発まで、あと11日。

今日は自宅に溜まってた仕事の書類などをゴミに出す為にまとめたりしました。
結構昔の書類なんかも出てきたりして、
その度に手が止まるもんだから、はかどらない、はかどらない。
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さすがにこんな量じゃありませんけど。



さて、前回の日記の続きになりますが、
前回の日記はこちらをクリック

私が沖縄を初めて訪れたのは22歳の時のことでした。

それまでの私はというと、
高校まで新潟県のど真ん中(燕三条エリア)で生まれ、育ち、
高校卒業後は宮城県の大学へ進学。

沖縄とは全く無縁の生活をしてました。

沖縄を初めて訪れるまでに触れた沖縄と言えば…

THE BOOMの「島唄」
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森高千里の「私の夏」
の中の歌詞、『決めた 沖縄の海にしよう〜』のとこ。
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小学生の頃、高校生だった兄が修学旅行で訪れた沖縄で買ってきた、謎の空の薬莢。
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あとは、DA PUMPだったり、アクターズスクールが全盛だったりもしましたが、

直接的に食べ物だったり、文化だったりと沖縄らしいものに触れたことは一度もありませんでした。

それでも、NHK朝の連ドラ「ちゅらさん」は大学時代よく見ていて、オープニングの小浜島の映像を見ては、いつかはこんな海がキレイな場所に行ってみたいなぁと憧れを持ったのを覚えています。
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また主演の国仲涼子が抜群に可愛かった。
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大学生活も終盤に差し掛かった、
大学4年の秋ころ、友達と卒業旅行の話題が出始め、
それほど裕福でもなかった当時の僕らは、
往復航空券、3泊宿泊費、4日分のレンタカー代合わせて25000円という破格の沖縄パック旅行の存在を知るや否や、すぐに飛び付き、即決。

こうして、それまで沖縄と無縁だった私はとうとう大学4年の卒業旅行で沖縄の地にようやく足を踏むことになりました。

迎えた、今から11年前の2004年2月。
私は初めて那覇空港に降り立ちました。
*ちなみに、飛行機もこの時が初体験。

3泊4日の行程で、
首里城、ひめゆりの塔、美ら海水族館や万座毛、海中道路、夜の国際通りなど、
沖縄本島のベタな観光ルートを回っただけでしたが、その雰囲気や景色、文化に一発で魅了されてしまい、
沖縄から帰ってきても、頭の中は寝ても醒めても、沖縄のことだらけ。

まさに沖縄病患者。

次第に、どうやったら沖縄で生活できるか、働けるか、考え始め、
当時、公務員浪人確定だった私は、ついに1つの結論に到達。

沖縄でバイトしながら、公務員受験勉強をする!

やると決めた私は早い。
すぐに求人に応募し、履歴書を何通も送りました。
その中で、小さな離島ではありましたが、こんなメチャクチャな私でも採用してくれたところがあり、何の迷いもなく、その地へ行くことを決定。

寝耳に水の両親は、開いた口も塞がらない様子でしたが、
「最終的には、全ての責任は自分にあるんだから、それをよく頭に入れとけ」と釘は刺されましたが、了承してくれました。

こうして、晴れて沖縄で生活することが決まった私。
大学卒業直後、2004年4月のことでした。

そして、初めて沖縄での生活の場となったのは、那覇から高速船で40分ほどの場所にある、
慶良間諸島の1つ、渡嘉敷島。
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ここでの様々な出会いが今の私の原点になっています。

それについては次回。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

みなさん、こんばんは。
今日は、簡単な自己紹介をしたいと思います!

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生まれは、新潟県の佐渡島。
とは、言っても佐渡島で暮らした事はなく、母親の里帰り出産の為です。

特に雪深くもなく、県内では平均的な積雪量ではないかと思われる、小さな村で育ちました。
村です(。-_-。)

なので小さい頃の遊びといったら、ドブの探検、田んぼの探検、沼の探検です。

おかげで、こんがり日焼けしすぎた可愛い盛りの3歳頃。
母親にバリカンで頭を刈られ、黒んぼと呼ばれていたそうです……

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そして、すくすくと育った私は、大人になり京都で就職。
ちなみに、京都も私の大好きな場所です!

その間に始めた、スキューバダイビングや旅行で沖縄を訪れるようになり、沖縄が大好きになりました。

当時も沖縄に住みたいと、いう思いをもちつつも、まずは人生初のひとり旅をしてみることに。

仕事を辞め、3ヵ月の八重山諸島ひとり旅に出発しました。

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この旅は、私の人生の中でとても大切な経験になりました。
大切な友達と出会い、沖縄の素晴らしさを知り、同時に沖縄で暮らす大変さもそれなりに感じる事ができました。

と、いう事でそんな八重山諸島ひとり旅~今回の移住決断までは、また次回。

ありがとうございました。

ちなみに写真は、新潟の海。
日本海もけっこう綺麗なんですよー。
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