Okinawan Dream ~新潟沖縄移住日記~

沖縄移住と結婚を決意したふたり。 そんな私たちの地元新潟を遠く離れた沖縄での暮らしを更新します。 将来沖縄料理屋openを目指す男と、 沖縄で新たなライフスタイル確立を模索する女。 日替わりで、それぞれの異なる視点から『沖縄』を描く。

こんにちは、たかしです^_^

昨日から泊まりがけで、さとこと山形県鶴岡市のあつみ温泉というところに来ています。
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部屋には菊池寛氏の書が。
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何となく、今の自分に響く言葉です。

新潟も山形も昨日、今日と天気が良く、雪も融けてきて、いよいよ春が近づいてきたなと感じます。


さて、前回のお話の続き。
前回の日記はこちらをクリック


昨年夏に移住を決意し、
その後、さとこと付き合うことになり、結婚も決意した私。

秋になるくらいに移住する日を翌年の3月と決め、それに向け、ゆっくりではありましたが、着々と準備をしてきました。

そんな中でよく相談させてもらってたのが、長野県松本市にある沖縄料理屋「島家(しまやー)」オーナーの金さん。
http://s.tabelog.com/nagano/A2002/A200201/20010012/
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ご自身も脱サラして、那覇でしばらく飲食店で働いたのち、地元松本に戻り、沖縄料理屋を開店。
まさに私がやろうとしている事を実現させている方。

仕事で長野県に行くことが多かったので、松本に泊まる度に、よく通い、酒をいただきながら色んな話を聞かせてもらい、大変お世話になりました。


後は、毎回さとことデートをする中で話を進めていきました。
時には意見がぶつかる事もありました。
でも、ぶつかって当たり前だし、ぶつかる事で、新たな方向性が見えてきたりもしました。

11月頃に、さとこのご両親に初めてのご挨拶と同時に、移住の旨を伝えました。
当然ながら、移住に関してご両親は喜ばれるはずはありませんでしたが、真摯な姿勢が伝わったのか(←自分で言うことじゃないですがw)、
渋々了承してもらえた感じで、何とか最大の難関をクリア!

そうこうして、昨年末に近しい方には移住の考えがあることを伝え始め、
今年1月に会社に退職願を提出、
自分の親にも改めて彼女交えて移住の旨を説明。


そして先月、2月20日に会社を退職。
退職後は、色んな方へのご挨拶、部屋の整理、役所等への諸々の変更手続きなどをしながら過ごしています。
後は、友人たちからお誘いを受ける、送別会の嵐、嵐、嵐。
日々グロッキーです。
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移住前に身体を壊さないか心配です(笑)


移住まであと7日!
いよいよって感じです。


今日も読んでいただきありがとうございました。
感謝。


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みなさん、こんにちは。
さとこです(・∀・)

さて、引越しはまだまだ先の私ですが、少しずつ準備と、いうかリサーチはしています。

主に『物件探し』と『移住に車は必要か』という点です。
仕事探しじゃなくて、大丈夫なの!?ヾ(・ω・`;)ノって、思いますよね。。。
普通、仕事探しが最優先なのかもしれませんよね。

私もそう思ってた時期もあったんですが。
まぁ、その辺りの心境はまた別で書きたいと思います!

*******
と、いうわけでまずは、『物件探し』について。
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まだネットでの情報でしかないんですが、いろいろ見ています。
いろいろ見ているうちに、少しずつ場所や家賃、譲れない条件が定まってきました。

たかしは、家にあまりこだわりはなく、できるだけ家賃を抑え、通勤しやすい場所であればOK!!
と、いう意見。

私は、住むところはそれなりに条件を満たし、快適に暮らせる空間でなければ嫌!!なんです。

なので、お互いのこだわりトップ3☆をあげてみることに。

たかし
1位
家賃(共益費込み)で、6万5千円以内

2位
バス、トイレ別(浴槽はなくても構わない)

3位
仕事のことを考えて、那覇市内

さとこ
1位
Gブリに遭遇しない為に、築7年以内の清潔感がある家。できれば三階以上。日当たり良好。

2位
バス、トイレ別。浴槽つき。
室内洗濯機置き場あり。ガスコンロ二口以上

3位
充実した収納スペース。
それがなければ、一部屋を物置に使用。


お気付きの通り、私は無理やり3つにまとめ上げた感じです(。-_-。)

*******
場所は、私は沖縄本島の土地勘がほとんどない為、よく分かりません。
スーパー、コンビニ、病院などが揃い住みやすい環境で調べると、「小禄」や「おもろまち」がよく出てきます。
ただ、家賃が高いんですよね。。。

移住者としては、響きがかっこいいっていう理由で「首里」にも惹かれます。坂道が多いイメージですが...

あとは、大好きなスタバがあるって事で「真嘉比」も魅力的!!

と、まぁこれぐらいしか知識はありません(。-_-。)

なので、沖縄在住の方、沖縄に詳しい方、是非アドバイス頂けたら嬉しいです♪

ここは、住みやすいとか、ここは不便だよとか。車をどうするのかにもよって変わるとは、思うのですが。。。

もう一つ!
二人で暮らすには、このぐらいの間取りがいいよ!なんて、意見があったらお願いします。

今のとこ、1LDK、2Dk、2LDKのどれにするかで考え中です。

よろしくお願いします(・v・)ノ

それでは、ありがとうございました。


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こんにちは、たかしです^_^

さて、前回の続きです。
前回の日記はこちらをクリック

初めての沖縄旅行から2カ月後、
沖縄の渡嘉敷島で生活することになった私。

沖縄は大好きなものの、何せ1回しか行ったことないから、当然渡嘉敷島のことなんて何も知りません。

たまたま渡嘉敷島行ったことある友人がいたので、どんな島か聞いたら、

「本島とは比べものにならないくらい、海がとんでもなく綺麗だった」

私は、その情報だけを頼りに渡嘉敷島へ渡りました。


そして、初めて訪れた渡嘉敷島は、

「本島とは比べものにならないくらい、
海がとんでもなく綺麗でした」
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翌日から仕事が始まり、
仕事内容は、ペンション宿泊業務(清掃、調理、送迎)とビーチでのマリンスポーツ受付など。
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*イメージ画像

当然乗る方じゃありませんよ(笑)


勤務自体は、休みもほとんど無く、とてもハードなものでした。

今でも同じ仕事できるか、と言ったら自信ありません。

でも、この島で出会った人々のおかげで今の私があります。


【ニュージーランドでラーメン屋を近い将来開店する人】

【1年に2台高級外車を廃車にしてしまう謎の某企業社長】

【仕事中にいきなり霊に取り憑かれ、取り乱す女将】

【重い病を抱えながらも懸命に生きようとしている人】

【ワーホリで海外経験豊富な人】

【関西人なのに話にオチが無い人】

【ヤクザから追われて逃げてきたヤクザ】

【酔っ払うと、お客に闘魂注入のビンタをするドSの女】

【流暢に2カ国語を操る香港と日本のハーフの人】

【修学旅行で訪れた渡嘉敷島が忘れられず、卒業後そのまま渡嘉敷へ移住した人】

ざっと覚えてるだけでこんな人々がいました。

どれも私が今まで生きてきた中で出会ったことの無い人種だったし、
島での生活も毎日が初体験。

まさに「毎日が新鮮で、新しい!」という感覚。

また私と同じように島に働きに来てた人々の誰もが、夢をしっかり持っていて、
綺麗な海を前に、真っ直ぐな瞳でそれを語る姿を傍で見ていたら、
私の心の中の何かが大きく変化していきました。

それまで子供の頃から、どこか冷めていて、現実主義で、「夢なんか思い描くだけ無駄」と、一度も夢を描いたことがなかった私でしたが、彼らと生活を共にする中で、夢を持ち生きる重要性を感じました。

夢はイメージ(意識)するからこそ現実になる!

そう感じました。

その結果、別に夢だった訳じゃなく、安定路線だと思い受験しようと思ってた公務員への道は呆気なく、なんの未練もなく放棄。(親にはしばらく言えませんでしたが…)

改めて、自分のこれからについて、島でゆっくり考え、語る中で再構築していきました。

そんな時によくお世話になっていたのが、
渡嘉敷島の阿波連にある「まめや」という食堂。
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今は違う経営者の方が、焼肉屋さんとしてやっているようですが、
当時はおじさんとおばさんの2人でやっていて、
おじさん特製のゆし豆腐、ジーマミ豆腐や、おばさんが作る美味しい沖縄料理で胃は満たされ、
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常に元気で、笑顔のおばさんと、おじさんの軽快なトークで心が満たされ、どんなに仕事で疲れていても、店を出るときには不思議と元気になっている。
そんな素敵なお店でした。
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いつしか私もこんな素敵なお店をやれたらなと思うようになっていましたが、まだ自分の可能性を色々試したい年頃でもあったので、心の中に大事にしまい込んでいました。

結局、島を出て海外に行くという結論になったので、島での生活は約半年と非常に短いものでしたが、そこで得たものは計り知れないほど多かったし、出会った人々には本当に感謝しています。
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ちなみに、「まめや」はその後東京の神楽坂、埼玉の戸田と店を移されましたが、
偶然にも、私も転勤でその近所で生活していたのでよく通っていました。
そう考えてみると、ずっとご縁があったのかもしれませんね。
ただ、この「まめや」、近年は那覇首里で営業してましたが、一昨年夏に惜しまれつつ閉店されました。


島を出た私は、ワーホリでドイツ、スペインと放浪し、一般企業に就職。
しかし上司とぶつかり退職。
その後、やっぱり沖縄で生活していこうと思い、まずは伊江島で農業をし、
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期間が終わった後、たまたま石垣島を訪れると、知りあった人々から色々仕事を紹介され、気付けば石垣に定着していました(笑)
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しかし数年後、島を訪れた両親から、家業の相談をされ、色んな事情もあったので、地元に帰ることを決意。
2010年夏のこと。

それから今日まで地元新潟で暮らしていました。

その中で昨年夏に、プライベート、仕事で色んなことあって、ずっとしまい込んでいた、
「まめや」のような店をやりたい!
という想いがとうとう弾け、
その為の移住を決意しました。

その後、さとこ日記でもあるように、
さとこと付き合うようになり、
交際=移住=結婚
が交際する時点で決定したのです。

移住を決めてから今日に至るまでについては、また後日お話しようと思います。


今日も読んでいただきありがとうございました。
感謝。



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